あけましておめでとうございます。今年からいよいよクリエイティブ集団COW AND CAT、ヒューマンパワー研究所とも本格始動しますのでよろしくお願いいたします。
なぜ人はつながりたがるのか?
その準備で、正月もお酒を控えめにして、原稿やらなにやら書いているのですが、それとは別に縄文時代の面白さにはまっています。
正確に言うと、LINE中毒みたいなものがあるほど、現代人は「つながっていないと」不安に思います。「友達が少ない」のを恐れるのもその1つでしょう。
つながりたがるのは「動物」の本能までさかのぼれる
しかし私は、その「つながりたがり」は現代の問題だけではなく、そもそも古代時代から、いやもっとさかのぼれば人間がサルの時代から持ち続けている本能ではないか、という疑問を持っています。
そのためにサルの時代から現代までの「群れ」と「つながり」の性格の変遷を数万年の歴史に従って、分析するというとんでもない企画を立ててしまいまして(ここまででまだ「前半」です)、そのために延々と旧石器時代からの「生活形態」を調べています。
その中で順番的に当然縄文時代に至っていましました。
するとここで前回書いた「恐竜」に話と同じことが起こってしまったのです。
つまり私は今から50年近く前に基礎教育を受けましたが、その中で教わった縄文人の暮らしは、集団も作らず、食べられそうな木の実や獲物を求めて常に移動しながら生活している、と言うものでした。
縄文人は思っていた以上に「文明的」だった
しかしです。
最近の研究で分かったのは
・縄文人も大人男1、大人女1(複数かも知れない)、子供といういわば家族で定住生活をしていた
・稲作のような耕作まではいかなかったが、クリなどの多く植わっている近くに定住し、計垣的に採集していた
・さらには家族が集まって集落として暮らしており、そこには利害の調整を図る「長」もいた
・集落で、豊作や葬式などの祭礼を行っていた
というようなことです。
はっきり言ってどれも「私の教わり、信じていた常識」を覆すものばかりなので、面白さに夢中になって、評論とは関係ないことまで延々と調べてしまいました(私の作業ではよく起こる現象です)。
妊婦土偶の不思議
たとえばご存じですか?
縄文式土器というと、火焔型土器、のほか土偶が非常に有名です。
この土偶の中の半数を占めるのが、妊婦土偶です。
恐らく出産時に何らかの宗教的な行為を行ったのでしょうが、この妊婦土偶の手足のどこかが必ず壊された状態で発見されるのです。更に驚くのは、最初から破壊しやすいように破壊する部分を別に作って、本体に竹の串などで刺してあったのです。
これはどういう精神的背景をもっていたのか。
私は一つの仮説を持っていますが、それを書き始めると延々長くなるのでやめておきます。
詳しくは次に出版する評論で述べるつもりですが、これ1つとってもものすごく面白くありませんか。
縄文が今面白い!
このように縄文時代は腰蓑をつけて獲物を狙って東西南北をうろうろしていたのではなく、広い意味で現代人のように、定住、生産活動をしていたわけです。
それでかなり私は今縄文時代びいきになっています。